いわゆる「名フレーズ」

完璧な持論なので、色々と穴はあるだろうし
異論もたくさんあるとは思いますが、
なんとなく感じている「名フレーズ」ってヤツ。

音楽を聴いたり、
誰かの詞を読んだりしてると
幾度となく出会う「名フレーズ」。
そういうのにたくさん出会うから、
自分も書きたいって自然に思う。

でも、特に詞を書き始めた頃とかによくある事なんだけども、
初めから「名フレーズ」を書こうとしちゃうんだけれど
いかんせん見た目にこだわってしまう為、内容が薄くなってしまう事がある。
実際僕もそうだった。
小6くらいの時から作詞を続けてたけど、
つい一年前くらいまで、内容の薄い詞を書いてました。

でも、そういう事じゃないんだよなぁ、と。

見たり聞いたりして、五感を使って「名フレーズ」だな、て思うのは
その作者さんが自らのメッセージや気持ちやオモイを
なんとか伝えようとして、イノチを削り、タマシイをちぎって書いた「結果」として、
「名フレーズ」に成るのではなかろうか、と思う。
もちろんそれほど心血を注がずとも、閃きによって生まれた「名フレーズ」もある。
だけどそれはあくまで「オモイ」が先行して起こる「閃き」だと思う。
そもそも日々の情熱なくして「閃き」もクソもないと思う。

「良いフレーズだね」と言われるのを最終目的とした「名フレーズ」ではなく、
なんとかして「オモイ」を伝えようとした結果、一つの「カタチ」としての「名フレーズ」。

それは全く別物だと思う。
順序を間違えてはいけない。

受け手側としても、「名フレーズ」との出会い方も、大きく分けると二通りある。

一つは、
「初めて聞いた(読んだ)瞬間に心の奥まで響いて、
『名フレーズ』として定着する出会い」と、
もう一つは、
「初めて聞いた(読んだ)時はそうでもなかったんだけど、
何度も繰り返し聞いたりする事で、『あぁ・・・なるほどなぁ・・・』
と少しずつわかってきて、年月と共に『名フレーズ』へ成長する」出会い。

そのどちらにせよ、やはり作者さんの「オモイ」というのは大事だと思う。

僕も、発信元として、自らの「オモイ」を大事に育てていきたいと思います。
そしてそれを高い純度のまま「コトバ」として詞にしていけたら、と思います。

「言葉」ではなくて、「コトバ」で、ね。
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by karasimutard | 2005-08-18 04:17 | ♪一言
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