ホウキのおじさんの事。

数年前、僕は吉祥寺の井の頭公園を、
近くの古本屋で買った文庫を片手にに散歩していました。

丁度良いベンチに腰かけて、さぁ読もうと思ったら
15メートルほど離れた照明塔の下で竹製のホウキを持ったおじさんがいました。
何の気無しに眺めていたのですが、そのおじさんの周りには落ち葉がある訳でもなく、
一歩も動かずにただ足元を掃き続け、砂埃が風に舞っていました。

普通だったら別に気にも留めなかったと思います。
ですが目が離せなかった理由は、その姿があまりにも熱心だった事と
おじさんがスーツを着ていた事です。
会社に行く様なきちんとしたスーツと、古い竹ボウキが
僕の今までの経験の中ではどうしても結びつかず、
完全に僕の興味はおじさんへ向いてしまいました。
意識をページの中へ戻そうとはしたのですが上手くいかず、
僕は諦めてしばらくおじさんを見ていました。

10分くらい経った頃、
一段落したのでしょうか。おじさんは「ふぅ」と腕で額の汗をぬぐい、
掃除する手を止めて、こちらのベンチの方へ歩いてきました。
一瞬ドキッとしたのですが、いきなり席をたつのも不自然だし、
不審に思われてからまれても嫌なので、
僕は慌てて本を読むフリをして目線を逸らしました。
しかし、空いてるベンチは他にもたくさんあるのに
選りによっておじさんは僕の座っているベンチに、
一人分空けてどっかりと腰をおろしました。

横目で見た感じでは40代くらい。
どこにでもいそうな普通のおじさんです。
きっとすれ違っても次の瞬間には思い出せないくらい
なんの変哲も無いサラリーマンに見えます。ホウキさえなければ。
おじさんの目を盗みながらチラ見していて分かったのですが、
近くで見てみるとそのホウキの先の部分にいくつも写真が貼られていました。
全部で5枚。若い頃のでしょうか。数人の人達が肩を組んで
ポーズを決めている写真や、どこかの山で撮った景色の写真など。

これはアブナイ予感がする。
そう思ったのですが、不安感よりおじさんに対する興味の方が微かに勝り
僕は思わず声をかけてしまいました。

「何をしていたのですか?」

言ってから後悔しました。
あぁ、そうなんだ。
僕はいつもこうやって自分から訳の分からない人に接触して
訳の分からない出来事に巻き込まれるんだ。
が、時すでに遅くおじさんはビックリした顔をしながら
不審気な目で僕をじろじろ見てからこう言いました。

「知りたいかい?」

その口調はしっかりしていて、想像していたほど
アブナイ感じではありませんでした。
そのおかげで僕は幾分安心して、

「はい」

と答えました。
するとおじさんは遠くを見る様なしぐさをしてから
もう一度僕の方へ向きかえり、

「過去を消そうをしたんだよ。」

と、どこか寂しげな目をしてポツリと呟きました。
しまった、と思いました。これはやはりアブナイ。
しかし今更逃げ出す訳にもいかず、

「消えましたか?」

と訊ねました。
そしたらおじさんは笑って

「いや、やっぱりダメだったよ。」

首をふりながら答えました。

「そうですか・・・。」

「でも、消したつもりにはなれたよ。」

「・・・・・・そうですか・・・。」




それを最後にお互い沈黙しました。
それからの事はあまりよく覚えてないのですが、
おじさんは割りとすぐに、

「じゃ」

と言って去っていきました。
ホウキを持って。


当時の僕にはちょっとショックが強すぎた出来事だったし、
あまりに突飛な話なので、誰にも話す事はありませんでした。
いつしか僕もすっかり忘れていたのですが、
つい先日何かの拍子で思い出しました。

あれから何度もあの公園へ足を運ぶ機会はあったのですが、
あのおじさんの姿は一度も見ていません。

今もどこかで、昔の写真を貼り付けたホウキで
過去を消し去ろうとしているのでしょうか。

あの人が何だったのか。
それは今でもわかりません。
当時の僕にはただ「アブナイ」としか思えなかったけど、
今は少し違います。
なんというか・・・もっと色んな事を話してみたかった。
もしかしたらだけど、
もしかしたら、僕らは友達になれてたかもしれない。
そんな未来もあったのかもしれない。

もうどうしようもない事なのですが、なんだか胸が痛むのです。





多少脚色はしていますが、
面白い事に、ほぼ実話です。
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by karasimutard | 2005-08-19 04:20 | ♪一言
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