主観、客観、その間も含めた「自分」

「自分」ていうモノを考えるとき、
大きく分けて4つの部分に分けられる気がする。


・主観じゃないと見えない「自分」

・客観じゃないと見えない「自分」

・主観でも客観でも見える「自分」

・主観でも客観でも見えない「自分」


しかし、そのどれもが「自分」。


「自分」のコトは「ジブン」が一番よく分かってる。
よく聞く言葉だけれど、確かにそれは当たってると思う。
だけど、それが全てではない。

例えば富士山の山頂で生まれ育った人は
遠くからでは見えないごつごつした岩肌や
そこでしか味わえない寒さを感じると思う。
だけれど、そこからでは、
自分が一体どれほど美しい場所で暮らしているかは分からない。

つまりはそういう事。

多重人格とかそういう事ではなくて、
人間ってのは、考えてるよりもっと立体的なモノだと思う。
だけれど自分は中心にいるから、外側は分からない。
鏡を使っても後ろ側はわからない。
でも内面は、何らかのカタチで外の世界へ発信しない限り、自分にしか分からない。

そしてまた複雑なのは、
その発信したモノも立体的だから、様々なアングルが存在する。
例えば自分は正面へ向けて発信したモノでも、
横から見ればまた違うカタチに映ると思う。
良いか悪いかは別として。


だから、少し角度や視線を変えるだけで
「自分」や「自分が発信したモノ」も
新たな発見があるのだと思う。
時としてそれはとても重要なコト。


もしかしたらそれはすごく難しい事かもしれない。
だけど、もしかしたらそれはすごく簡単な事かもしれない。
それも、見る角度によって変わってくるのだと思う。
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by karasimutard | 2005-08-26 06:31 | ♪一言
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