2005年 05月 19日 ( 2 )

伝わる事の喜びと、伝わらない事の面白さ。

僕はいつも、伝えたい事があって詞を書いていますが、
「じゃあ、伝えたい事ってなに?」
と聞かれたら、きっと正確には答えられないでしょう。

というのも、「伝えたい」と思う事は、必ずしも
自分の中で理路整然とした意見だとは限らないからです。
「上手くいえないけど、なんかこう・・・こういう感じ」という気持ちを伝えたくて、
それが上手く伝わるように、自分の中でたくさんの言葉や
比喩や経験談などを駆使して詞を書くのですが、
自分が感じたその「オモイ」に近づける事ができればできるほど、
自分の中で「良い作品」が書けた、と思います。

だけど、そういう作品を生み出せる事はごくごく稀で、
僕は自分の気持ちを伝える事が、
というよりも、自分自身はっきりとその「オモイ」を正確に把握する事が
ど下手くそなので、上手く書けない事のほうが何倍も多いです。
そしてやっかいなのは、その時々によって自分の「オモイ」の形が
少しずつ変化していきます。
それと同じように、全く変化しないモノもあります。
変わり続ける「オモイ」と変わらない「オモイ」。
この二つの「オモイ」が、ある一つの形になった瞬間を一つの詞として
書くのですが、難しくてうまくそれを表現する事ができません。

だけど、どうしても伝えたくて、僕は何度も詞を書き続けます。

こうして自分なりの「オモイ」を込めた作品を投稿します。
「自分自身、完璧には把握できなかったけど、なんかねぇ、こういう事を思ったんだ。
わかってくれるかな;?」という願いと共に。

そしてその詞を読んでくれた人に「僕のオモイ」が伝わってくれれば、
すごく嬉しいです。この喜びに理由はありません。
表現者の本能かもしれません。

だけど、だからといって、「完璧に僕のオモイを理解してくれなきゃ嫌だ!」
という訳ではもちろんありません。
だって、自分自身理解していないのですから。

そこに、「伝わらない事の面白さ」があるのです。

一つの詞を読んで、どんな事を感じるかは十人十色だと思います。
その十人の中には、作者本人も含まれています。

例えば作者の僕は「A」という気持ちを持って詞を書いたとします。
だけど、自分自身その「A」を上手く表現できなくて、できあがった詞は「A´」だとします。

誰かが「A´」の詞を読んだけど、価値観が全て同じではないので
「A´´」という事を思ったとします。

作者が本当に伝えたい事は「A」だけど、伝わったのは「A´´」です。
だけど、「A´´」も正解なんだと思います。

そして、また別の誰かから見れば「A´´´」や「A´´´´´」や、
もしかしたら「B」や「C」、もしくは全然違う「(・ω・)」という事を思ったとします。

だけど、全部正解なんだと思います。


「A」というオモイで「A´」を書いたけれど、
読んだ人が思った事が「A´´」や「(・ω・)」だったとしても、
「A´」を読んで思った事である事には間違いありません。



人によって、何が自分にとって必要、大切なのかは違います。
もしかしたら、その人にとってみれば「A」よりも「(・ω・)」の事の方が
その人の人生にとって重要な意味があるのかもしれません。
時としてその人の中から溢れ出てきた「(・ω・)」の思いによって
救われる事があるかもしれません。

そのきっかけとして僕の詞の存在があったのならば、
表現者としてこれほど嬉しい事はありません。

だから僕は、たとえ「A」を上手く伝える事ができなくても、
ほんの少しでも何か心に触れるモノがあって、何か思う事があるのなら、
それで充分嬉しいのです。


だけどやはり僕は「A」という気持ちで「A」という詞を書きたいのです。

だから、「A´」や「A´´」ではなく、より「A」に近づけるように、
誰が読んでも「A」と思えるような詞を書きたくて
僕は続けているのだと思います。

でもきっと、完璧な「A」になる事はないと思います。
もし「A」を書けたら僕は、作詞をやめると思います。

矛盾しているようだけど、「A」を書いて満足したいから
詞を書き続けていますが、満足したらそこで終わってしまいます。
だから、完璧な「A」は、永遠に書きたくありません。


作詞をやめたくないから。


最初の話しに戻りますが、
僕はいつも、伝えたい事があって詞を書いていますが、
「じゃあ、伝えたい事ってなに?」
と聞かれたら、きっと正確には答えられないでしょう。


答えられないから、詞を書いています。




僕にとっての「A」とは、「世界は意外と素晴らしい」という事。




みなさんの「A」はなんでしょうか?






って、この文章も上手く書けなくて、「A´」になってる気がするなぁ(笑)









っていうか、そういうのって理屈じゃないんだよなぁ~。
感覚というかセンスというか思想というか。。。。。
う~~ん・・・・。
深いぜ。



まー、簡単に言えば「作詞って面白いなー。楽しいなー。」って事か。



ここまで長い文章を書いておいてなんなんだけどさ(笑)
たった一言で済ませちゃったよw
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by karasimutard | 2005-05-19 07:45 | ♪一言

今回の事件について正直に思う事を言えるだけ全部。

この度は、空き巣という事件に出会い、
皆様に多大なるご心配をかけてしまって、申し訳ないという気持ちを抱くと同時に、
すごくすごく嬉しい気持ちでいっぱいです(T▽T)

僕にたくさんの励ましのお声をかけていただいて、
ホントに、ホントに、ありがとうございます;;

そして、大家さんや警察の方々や、両親や兄に、
多大なる迷惑をかけてしまい、ホントに申し訳ないです;;


抱えきれないほど、たくさんの「ありがとう」を全ての人に贈りたいと思います。



そして今回の事で僕が感じた事。
下の記事の皆様のコメントへのレスを繰り返してしまいますが、
一つ、正直な思いをまとめておきたいと思います。

まず、不思議なほど犯人に対して怒りや憎しみはまるで感じてないんです。
自分でも嘘みたいですが、犯人が捕まって牢獄へでもぶちこまれれば良い、とか
てめーの金を俺が盗んでやろうかこのやろう!
って気持ちも、なんだか全然わいてきません。

ただ、たくさんの人に心配と迷惑をかけてしまって、申し訳ない、って気持ちが
心を埋め尽くしています。

それに、今回僕が盗まれたのは、僕の不注意が最大の原因だと思います。
もちろん盗る方も悪いのですが、盗られた自分も悪いのです。
きっとそれが、犯人に対して怒りが全くわいてこない理由の一つです。
自分自身に対して怒りを感じています。

もちろん、今回盗られたのは僕ですが
これが他の誰かだったら、犯人に対して激しい怒りを覚えていると思います。

なんて言ったらわからないのですが、例えるならば
「俺の事は何言われても良いよ。でも、俺の友達の事をとやかく言うのは絶対許せない!」
って気持ちに似ている、と言えばわかっていただけるでしょうか?

だから、僕に代わり、皆さんの犯人に対して抱いていただける感情が
とても嬉しいです;ありがとうございます;;

だけど、どうか、どうか、犯人だけを悪く思わないでください。

僕だって、同じくらい悪いのです。

罪を憎んで人を盗まず。
今回僕が思ったのは、「人」は犯人の事で、「罪」は自分の不注意の事だと思います。
因果応報。
そんな言葉が浮かびます。

だけど、誤解しないでほしいのは、繰り返しになりますが、
だからといって、他の誰かが盗まれたのなら、
それは絶対に盗んだやつが悪い!
僕はそう思うと思います。

「盗る方も悪いが、盗られる方も悪い」
これはあくまで、僕自身の身に起きた場合だけ、
自分の中ではあてはまる言葉だという事を、ここで強調しておきます。
なぜなら、僕はみなさんが大好きだからです。

大好きな人だから、盗られて悪い、だなんて思いたくありません;

そしてまた繰り返しになってしまいますが、
だからこそ、皆さんのお気持ちが、
すごくすごく嬉しいです;;

本当にありがとうございます;;


良い経験になったと思います。
高い授業料ですが、勉強になったと思います。
現金だけで、印鑑や通帳などの貴重品や
お金には変えられない思い入れのあるモノが盗まれなくて良かったです。
僕の身体も無事です。
幸いその授業料も保険のおかげで返ってきそうです。


このような犯罪が、なくなれば良いとは思いますが、
でもなくなってないおかげで、僕は一つ成長できそうな気がします。
変な話、そういう意味で、犯人に対して一種感謝の気持ちを感じています。
さすがに、盗んでくれてありがとう、とまでは言えませんが(^^;)

でも、こんな事があっても
たくさんの事を考えさせてくれ、たくさんの感謝の気持ちをくれる
この世界は、やっぱり素晴らしいと思います。

そう、信じています。


改めて、皆さんに感謝の気持ちを述べたいと思います。

本当に、ありがとうございます。
こんなにたくさんの優しい人々にかこまれて、僕は幸せです。


せめてもの恩返しに、僕が学んだ教訓の一つを記す事で
この長文駄文をしめさせていただきたいと思います。


「現金を家に置いておくなら、見えない所に隠しましょう(笑)」



あ、あと通帳と印鑑も一緒に置いておかない方が良いね。







あ、あと、保険は入っておいた方が良いと思います(笑)
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by karasimutard | 2005-05-19 05:53 | ♪一言